塾長のページ

塾長 平田 彰(ひらた あきら)

1963年生まれ 東京都出身

家族 妻・長男・次男・柴犬(オス)、両親と二世帯同居中

趣味 テニス・カヤック・ソフトボール・読書

群馬県水上の奈良俣湖を長男と探検中

塾長雑感

年に数回、塾内生にはお知らせのプリントをお配りしています。

プリント裏面の隅には「塾長雑感」として塾長の考え方・感じ方を控えめに記しています。

以下、今までの塾長雑感の中からいくつかを・・・。

2019年9月

新しい学習指導要領は小学校で2020年、中学校で2021年に全面実施を予定している。ご承知のとおり小学校では外国語(英語)が「教科」になり、またプログラミング的な考え方を各教科において取り入れることになっている。私の個人的予想としては、残念ながら多くの小学校で混乱し、数年間は成果が出せないのではないかと危惧している。先生たち忙しいし…。

小学校で習うかどうかは別にして、プログラミングのセンスはこれからの社会において一層重要になると多くの識者が提言している。昨秋、()ソニー・グローバルエデュケーション(KOOV製造元)の研修会に参加する機会があり、同社の磯津社長も「子どもたちが身につけたい3つの力は①理数②語学③プログラミングである。」と力説していた。「理数と自然言語の中間に位置するプログラミングが、その橋渡しの役割を担う。」という氏の説明には説得力があり、私は納得した。

ところで私は以前から「ソニー(プレステ製造元)と任天堂(ファミコン・Wii製造元)は多くの子どもたちをゲーム漬けにした責任をとって、面白い学習ソフトを作るべきである。」と考えていた。礒津社長と名刺交換をした際、「御社で教科の教材を作ってくれませんか?英語の教科書なんかも画期的なものができるのではないですか?」と尋ねてみた。氏は「教科書は新規参入障壁が大きいんですよねー。でも他にいろいろ考えてますよ。(ニヤリ)」とのこと。これからのソニーの展開に期待できそうである。

 

実は私は小学生の頃からのソニー・ファンである。昭和50年頃に海外短波放送の受信が流行し、親にねだってソニー製「スカイセンサー6000」というラジオを買ってもらった。高校生の時は初代ウォークマンを愛用し、大人になってからも携帯電話はソニーのジョグダイヤルをクルクル回して悦に入っていたものである。今のところ柴犬をアイボに変更する予定はないが…。

2017年10月

2年前、生徒のお父様から「SPIの分からないところを教えて欲しい。」とのリクエストがありました。お勤め先で社員啓発のきっかけとしてSPIを実施されることになり、ご自身も参加して高得点をとっておきたいというご事情でした。ご本人は経営サイドですので本来は管理・監督だけでよいはずでしたが、リーダー自ら率先垂範という姿勢に感服いたしました。

お仕事の終わった後、21時頃から1時間ほど<連立方程式>

<関数><三角比><確率>などを数週間にわたりお手伝いしました。あらかじめご自身でテキストを進め、不明な点が明確になってからの受講でしたのでとても効率的に進みました。

同じ時期に息子さんが通塾されていましたので、彼の学習が捗らない時には「お父さんも仕事で疲れているのに頑張っているよ」と話したかったのですが、「男同士・おやじ同士の約束」で奥様にもお子さんにもマル秘だったため話せませんでした。

このエピソードは、「勉強・学習は社会人になるまでの一時だけ必要なのではなく、大人になってからも自らを高めるためにずっと必要なものである。」ということを中学生・高校生に分かりやすく示すことができます。先日お許しを得ましたので実名は伏せつつ

今後も生徒さんたちにお伝えしたいと思います。

今月から平日午前中と日曜も教室を活用することにしました。

このような大人の学びも想定しています。ぜひご活用ください。

 

 

2016年6月

 昨年開講した「プログラミング入門」の受講生徒数がジワジワと増えてきた。
「プログラミング」と聞くとまだまだ「パソコンおたくの趣味」、「職業上の特殊な技術」とイメージされることが多く、実は昨年までは私自身もそのように認識していた。しかしいろいろな情報に接する中で「プログラミング」が子どもたちにとって英語と同じくらい将来必要なスキルであることが分かり、遅ればせながら首を突っ込んでみた。  
 すると「プログラミング」は国語の作文・論文や数学の証明にダイレクトにつながるものだ、という見通しがたってきた。理数の先端技術であると同時に論理力を鍛える文系のトレーニングとしても有効なのだ。
 子どもたちはそんな見通しとは関係なく、ゲーム・遊びの感覚で楽しんでいる。中には入門書にあるプログラム例をすべて作り終え、自宅でオリジナルの制作を始めた小学生や、キーボードでコードを入力する本格的なプログラム言語に進む中学生もあり、ホワイトハッカーの卵たちは勝手に進化を続けている。 
 新聞報道によると2020年から小学校でプログラミング教育が必修化されるそうだ。当塾でも今後さらにお手伝いする機会が増えるものと予想している。電通大や理系学部のスタッフが多いという強みを生かしていこう。

 


2016年2月

 2015年の出来事でいまだに違和感が残っていることがある。

 6月下旬、西江雅之氏の訃報が新聞に小さく載っていた。氏の著作は文庫本1冊しか読んでいないので何も知らないに等しいが、その人物像は強烈だ。以下ウィキペディア等のコピペである。


文化人類学者、言語学者。アフリカ諸語やピジン・クレオール語の研究の先駆者

兵庫県での疎開中は野生植物や昆虫を主食にし、また東京に戻ってからも犬・猫をはじめ様々な野生動物を捕獲して生のまま食べた(!!!)

早稲田大学在学中は独自の『二重時間割方式』(授業科目をなるべく多く取り、授業に休まず出席し、その授業時間中はその科目とは別の自分の計画に従って外国語を学ぶというやり方)によってインドネシア語・フランス語・中国語・ロシア語などを独習、地球上のすべての言語を理解する

何年も風呂に入らない

世界中どこでも軽装で歩き回る・・・

 

 エピソードは枚挙にいとまが無い。
 新聞の逝去記事はごく小さく、テレビに至ってはニュースにもならない。同じころ死去した「たま駅長」が連日ニュース・ワイドショーで取り上げられることに腹立たしさを覚えた。そしてこの拙文を書きながら今気づいた。これは猫族の復讐かも…。
 冗談はさておき、西江氏の本は面白そうなので何冊か塾に置こうと思う。ただし当塾授業で『二重時間割方式』は禁止です。


2015年11月

 スポーツの秋。私ごと小学校PTAソフトボール大会では投手として本戦12連敗の記録を更新中です。加入当初「高校の体育でピッチャーをやったことがある。」と発言したことが悔やまれます。
 それでも懲りずに今年は中学校の大会にも初めて参加しました。メンバーに加えていただいた調布六中チームは初戦・二戦目とも接戦の末敗退しましたが、試合自体は真剣プレーかつ和やかに進行する大人の雰囲気で、合間には先輩諸氏との情報交換も有意義でした。
 秋の晴天、会場の調布三中グラウンドは空が広く、大いにリフレッシュできました。
さあこれから期末試験、冬期講習とハードな日々が続きます。


2015年9月

 昨年暮れに我が家の家族となった柴犬「ムギ」がこの9月で1歳になった。犬は1歳で成犬らしいが未だ無邪気なままである。
 市街地で暮らすには犬にも社会性が必要と教わり、春から夏前にかけて深大寺のドッグランに度々連れていった。ムギは自分が犬だということが分かっていないのか他のワンコにビビりまくり、我々の傍から離れずにいた。少し離れた時も、初対面の人間の方が犬より安心らしく、よそのおじさんの後ろでお座りしたり、ご婦人の足の間に隠れたりしながら他の犬との関わりを避けていた。それでも少しずつ慣れるにしたがい他のワンコとチョビッと絡むようにはなってきていた。
 9月、久しぶりにドッグランに行った時のこと、すっかり初心者に戻ってしまったムギは他の犬たちとなかなか上手に挨拶できなくなっていた。成犬のプライドなのか、相手が尻尾を振って近寄ってきてくれたのに鼻に皺を寄せて唸ってみたりで、かなり混乱していた。

 と、突然ご主人である私に片足を上げ、オシッコをかけようとするではないか。一緒に来ていた妻と次男は爆笑し、「電柱と思われているんじゃない?」などと失礼なことを言いながらシャッターチャンスを狙っている。ムギは他の犬と絡む度、何度も私にオシッコをかけようとした。ついでに見知らぬ大型犬まで私にオシッコをかけようとした。
 家に帰ってからネットで「犬 飼い主 オシッコかけられる」と検索してみたところ、けっこう彼方此方の犬がやらかしているということが分かった。自分の大切な存在(または所有物)であることを他の犬にアピールする“マーキング”とのこと、少しホッとした次第である。ところであの大型犬はなぜ私にマーキングしようとしたのか…? 

 そう言えば日頃から犬や猫があまり警戒せずに気安く私に寄ってくる。初対面の乳幼児や小学生にも他の成人男性ほどは怖がられないようである。会社員時代に遡ると、部下と一緒でもいつも私が下の立場と思われ、名刺交換後に相手に気まずい思いをさせることも多々あった。
 これらは持って生まれたものであるようだが、後に意識して強化した部分でもある。かつて明治大学 齋藤孝教授が「教育方法」の授業の中で「“油断させる”という技」に言及し、感心したことがある。年相応の貫禄は欲しいところだが、威圧感やオーラが無いということは今の職業には好都合かもしれない。ただし犬のおしっこには今後も気をつけねばならない。

 


2015年6月

 毎年5月の連休が終わると一息ついた気になる。冬期講習~受験~春期講習と踏ん張りどころの連続が終わったことによると思うが、加えてスギ花粉の終息も影響大である。
 気になっていた“古い新書”を「ブック●フ」でまとめて手に入れいくつか読んでみる。  
 佐藤優『人間の叡智』はスラスラとはいかず、読んでは戻りしつつ読み終えた。英語・数学・受験という職業上の目の前の視点を切り替え、広く高く眺めることはまた職業上の重要な更新作業である。世界が「新・帝国主義」の時代に入ったこと、米露中・中東など世界各国の現状、グローバル資本主義の暴走、橋本徹の存在意義…橋本ブーム最中の2012年に書かれた新書を3年遅れで読んでいたら、先日の市民投票敗北・引退会見があり興味深く読めました…と論が進み、複雑な現代を生きるには何が必要かという問いに対して、著者は「古典を読め」「小説を読め」と提案(勧告?)する。
 養老孟司・角田光代『脳あるヒト心ある人』は養老先生のひねくれ具合が心地いい。角田女史との連歌のようなやりとりもずらし具合が楽しい。「人が生きるとは物語を楽しむことだ。それが大きい脳をもったことの結果である。」佐藤優の提案と同じような…。次は小説を読まねば。


2015年3月

 教室移転から3ヵ月が経過しました。移転直後は「プリンターを使うと蛍光灯がチラつく」「トイレ便座のヒーターが使えない」「入口前の照明が暗い」「eトレで余分な白紙が印刷される」など不都合が多々あり、生徒の皆さんに不便な思いをさせてしまいました。ごめんなさい。
 一つ一つ改善し、徐々に環境が整いつつありますが、まだ完成形にはなっていません。いろいろ試しながらより学習しやすい空間に変えていこうと呑気に考えています。
 さてPRを一つ、当塾の特徴として「受験生の受講費用が高くならない、または安くなる。」というのがあります。学習時間はどの生徒も長くなり、受験が迫ると毎日塾に来る生徒も少なくありませんが、個別授業からeトレ・自習にシフトするケースが多く、授業料としては安くなる生徒が多数です。学習効率だけを考えれば個別授業の形で手伝う方が良いのかもしれません。しかしモチベーションの上がる
この時期に「自学自習」の“構え”を練習することは先々の学習に必ず役立ちます。
 入試前最後の日曜日には3人の男子受験生から「自習に来たいので塾を開けてください!」と迫られ、「これで落ちたらただじゃ済まんぞ!」と脅しながら教室を開けました。結果全員合格でめでたしめでたし。次の目標は「家で自習できるように!」 


2013年11月

 前回「都立大島海洋国際高校」をレポートしましたが、その後発生した豪雨・土石流は、私たち家族が2カ月前に歩き回ったあたりを押し流してしまいました。塾生OBが無事だったのは幸いでしたが、多くの犠牲者が出てしまったことに胸が痛みます。
 毎日を朗らかに過ごしつつ、危険に対するアンテナは常に張りめぐらせておきたいものです。


2013年8月

 夏休みの家族旅行ついでに『都立大島海洋国際高校』を見学してきました。
 都立では唯一の海洋国際科、さらに全寮制というユニークな高校です。「Wもぎ」・「Vもぎ」などテスト会社が行っている説明会で
「学習にも心身を鍛えるにも素晴らしい環境!」と何度か薦められていたので以前から気になっていましたが、さらに今年4月、当塾からH君が進学し、事後ではあるものの「見ておかねば!」との思いを強くした次第です。
 調布飛行場を離陸し大島北端にある大島空港には30分程。空港に近い元町に宿をとり、翌日レンタカーを借りて島の南端、波浮港の近くにある同校へ。高校の周囲は(というか大島には?)コンビニなど都会の高校生が溜まるような場所は無く、携帯の電波も不安定とのこと。その代わり「きれいな海・山・空気」に囲まれ、アウトドア活動には絶好のロケーション。H君から「クワガタを採って戦わせるのが男子の間で流行っている」などの情報も耳に入っていたので息子二人はワクワクしていましたが、残念ながら生きたクワガタはゲットならず。
 事前に見学の申し込みをした時は、夏休中で教員や生徒がいないこと、ドミトリー(寄宿舎)の見学はできないことなどを聞いていましたが、受付で丁寧に応対していただいた上に、たまたま案内できる職員がいるとのことでドミトリーも見せていただきました。Tシャツ・短パン・ビーサンという、塾の学校見学とは思えない、海水浴の途中バレバレの格好で伺ったので、案内していただいた時には大変恐縮しました。
 ドミトリーは校舎から車で5分ほどのところにあり、生徒たちはスクールバスで通学します。広い敷地には宿舎・ホール・グラウンドが点在し、背後に三原山を望みます。
 今回一番見たかった自習スペースの机が並ぶ様子は壮観です。ここで毎日夕食後に全員が2時間以上ミッチリ勉強します(“宅習”と呼ぶそうです)。メールやTVに妨げられることなく、教員の巡回もある中での宅習は3年間トータルで考えると大変な蓄積になることでしょう。入学時の偏差値に比べて大学進学実績が良いのも納得。
 海洋国際科の特徴として、国際交流や航海実習の授業があり、部活にはスキューバダイビング、セーリングなどもあります。親元を離れて自分を鍛えたい人、マリンレジャーが好きな人は一度検討してみてはいかがでしょうか。スマホ中毒、ゲーム中毒からの脱出にも効果絶大!

宿の入口にて 息子二人と

ドミトリー外観


2013年5月

 ずっと気になっていた当塾講師OBのK君にようやく連絡がついた。
 優秀だった彼は就職氷河期のさなか東京電力に入社、順調なキャリアを歩み始めて間もなく震災が起きた。それ以降連絡がつかなくなってしまったので勤めも辞めてしまったかと案じていた。
  今年3月のある日、ふと思い立ちフェイスブックに登録してみたところK君のサイトは簡単に見つかった。その後メールのやり取りができ近況を知ることもできた。転職せずに今は埼玉の支社で大口顧客に
値上げのお願いをする毎日だそうだ。
 いつか酒を飲む機会を作り、2011年からの数年間どんな経験をしたのか聞いてみたい。それまで頑張って欲しいとも、頑張り過ぎないで欲しいとも思う。
 もう一人、この2月末まで務めてくれたS君は防衛省に入省した。
卒業前にラオスで「象使い」の免許を取得するなど非凡な行動力を持つ青年だ。
 当塾で最後の授業を担当してもらった晩、国領から新宿に移動し、
私が20代の頃さんざん通った飲み屋でささやかな送別会を持った。
彼がキャリア官僚になった後にはおそらく縁がないであろう店で、
「尖閣諸島に突撃象部隊を配置したらどうだ。」などとくだらない話を楽しんだ。
 S君のおかげで数年ぶりにその店を訪ねマスターにも再会できたのだが、さらにうれしいお土産があった。この店に出入りするきっかけを作った大学時代の友人Z氏に、マスターが沖縄まで電話をかけてくれたところ、彼がある文学賞に入選したというニュースを聞いた。
 Z氏は塾OBのK君と共に盛岡の出身、S君と同じ函館の某高校卒業だった、と後で思いついた。東京・盛岡・函館・沖縄・埼玉・(ラオスも入れておこう)、縁のあったそれぞれがいろいろな場所に描いたグラフが、2013年3月に一点で交わったように思えた。
 当塾からは生徒・スタッフ含め毎年20本以上の新たな曲線が放射状に伸びていく。単純な関数ではとても表すことのできない様々なグラフたち。先々いくつの交点ができるかますます楽しみになった。
 Z氏の入選した「ふくい風花随筆文学賞」のホームページをのぞき、彼の作品『ハルさんの鳩サブレ』を読むことができた。創作かと思っていたら、私の知る限りすべて実話であった。いつか塾の国語の勉強でこの随筆を扱ってみるつもりである。


2012年11月

 脱サラして私塾を開いたのが平成11年、この秋14年目に入ります。生徒も講師も口コミ・紹介だけの形で毎年新しい出会いに恵まれ、よくも続いてきたものだと今更ながら感謝の気持ちが湧いてきます。卒塾生の講師も3人を数え、成人した卒塾生とお酒を飲む機会も出てきました。
 開塾当初は自習の時も授業と変わらぬほど手や口を出し、「教えたい・与えたい」という気持ちがつんのめっていたことが思い出されます。
 ここ数年は「自分で決めて自分で勉強する」ことを重視し、あまり頻繁に邪魔をしないようにしています。たまに「質問ある?」などと声をかけていますが、手伝いが必要な時は遠慮なく質問してください。


2012年6月

 連休に家族で福島に行ってきました。GW直前でも宿が空いていたというのが主な理由ですが、どうせお金を使うなら被災地で、という気持ちもありました。
 会社員時代にスキーで訪れて以来、20数年ぶりの福島です。猪苗代湖畔の宿にはまだ浪江町から避難している方が滞在し、国道沿いには閉鎖したままの店舗が複数見られました。ニュースで見ていただけの『フクシマ』、その現実のほんの少しを実感し、昨春の計画停電の暗闇を思い出しました。
 会津若松は観光客で賑わっていました。鶴ヶ城も駐車場が満車になるほど多くの人出がありました。白虎隊の少年達の肖像画にはあどけなさが残っていました。ひらたゼミナールに通っていても不思議ではない年齢なんだと気付き、この年で命を捨てなければならなかった彼ら、そしてその親・兄弟の気持はどうだったのだろうか…。また重たい気持ちになってしまいました。
 帰りの高速道路はいつもより緊張しました。関越道の事故から日も浅く、フラフラしているバスやトラックが走っていないか周囲を疑いながら走りました。断続的な渋滞で7時間以上かかり、調布に戻ったときはこっちがフラフラしていました。危ない!
 自然災害・歴史の激流・人為的な事故、それらの中でいかに生き残るか、その「生」にどのような意味を持たせるか。英語も数学も国語も、すべての勉強の最終目的はここにあります。でもまずは目の前の課題を一つずつクリアしましょう。明るくね。

鶴ヶ城と家族


2011年9月

 8月末に行った『草野球大会』は当塾初めての試みでした。節電のための授業時間短縮をきっかけに計画し、酷暑の中で本当にできるか不安でしたが、生徒・OB・スタッフ、飛び入りなど多くの方に参加いただき、ゆるーい雰囲気で1時間半ほど野球を楽しみました。
 野球部出身・在籍者が多数いたおかげで、ダブルプレーあり、三者凡退ありの引き締まった局面も見られました。
 次は対外試合だ!と密かに企んでいます。

バッター:スタッフ

キャッチャー:生徒(中3)